時のトビラ23女の名

次の朝、ヨンはチュホンに餌の干し草を与えていた。

病はすっかり治った筈がどうもチュホンが落ち着かない様子。またどうかしたのだろうか

慣れぬ土地で苦労を掛けた。近頃自分事に精一杯でチュホンに全く気遣えなかった己を悔いチュホンの顔を優しく撫でていると其処に医伯が来た。

チュホンはまたどうかしたのか?

どうやら少し苛立っている様なので気晴らしに走らせようかと。

そうだな。それが良い。それはそうと

医伯は穏やかに笑みを浮かべチュホンの立派な毛並みを手で摩りながら、

其方、心を決めたのか。ウンソンを嫁に貰ってくれるそうだな。

え?何故それを

ヨンは戸惑い医伯に眼を向けた。

ウンソンに求婚したのは昨夜なのに医伯はもう知っていた。ウンソンから直に聞く筈もなく、まだ己でも実感はないと言うのに

母を亡くしてからあの様なウンソンの幸せそうな顔を初めて見た。礼を言うぞ。

心を以って心を伝う。

言葉は交わせなくても深い情で結ばれた父娘に言葉など不必要な物だと言う事か

まさか、わしからの頼みを断れず仕方なくではなかろうな。無理には言わぬ。

するとヨンは笑みを浮かべ、

いえ、違います。

俺は己の意思でウンソンを選んだ。

それならば良かった。

医伯は父上の友だった。

医伯の姿が父と重なり嬉しそうな面持を見ていると不思議と父に認められた様で此れで良かったのだとヨンは心からそう思えた。

ヨンはチュホンに跨り屋敷を出る。

チュホンは疾風の如く草原を駆け抜けた。

目眩く変わる雄大な風景。川面はキラキラと輝き紅葉に染まる山林を抜けると前方に壮観な景色が広がり漸くチュホンの脚が止まる。

此処は

お前はそんなに此処が好きなのか。

眼の前には一本の大樹が聳え立つ。

皇宮を出て最初に辿り着いた場所。

ヨンはチュホンから降りるとあの時の様にまた大樹の根元に立った。

此処から景色を眺めると皇宮を思い出す。

叔母上、ウダルチ達に王妃様、そして王様

皆元気にしておるだろうか。いや、俺の心配等要らぬ事。きっとしておるに違いない。

気にならないと言えば嘘になるがもう俺に出来る事は何もない。

根元に腰を下ろすと眼を閉じる。

枝葉の合間から温かい日差しが差し込み、まるで大樹に守られている様な不思議な安心感に包まれヨンは直ぐに眠りに落ちていった。

またいつもの湖畔に立つ。

眼の前には見事に咲き誇る一本の桜の木。そしてそれを見上げる女人の後ろ姿。今日は何故か間近だった。

お前はウンソンか?

しかしよく見ると髪の色が違う。不思議な亜麻色の長い髪。穏やかに吹く風にサラサラとなびきキラキラと金色に輝く。その髪に釘付けになっていると女人が此方に振り返った。

やはり

ウンソンだな。何故此処におるのだ。その髪はどうした。

するとその女人は首を横に振る。確かに

何処と無く違和感を感じる。顔はウンソンに生き写しだが別人か?

ウンソンでなければ、お前は

何かを忘れている気がする。決して忘れてはならない大切な記憶。こんな髪色の女人を見るのは初めてだが眼にした途端、何故か急に胸が強く締め付けられ激しい息苦しさがヨンを襲い、咄嗟に胸を押さえた。

一体な、何者だ!

するとその女人は寂し気に笑みを浮かべると口を開いた。

ヨン、忘れちゃったの?私よ。ウン

ウンソン!声が!?

その時、

ヨンの首飾りが眩しい光を放ち眼が眩む。

急に激しく吹き荒れる狂風に桜吹雪が舞い、女人の声は掻き消され、その儘ヨンは眼を覚ましてしまった。しかし

今見た夢の余韻がはっきりと残る。

何の疑いも無く首飾りを襟元から取り出すとやはりまだ微かに光っていた。

首飾りの薄碧い光にヨンの眼は吸い込まれ、心の奥底に眠らされた記憶を呼び起こす。

あの女人の名は

ウンス?

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画像は伽羅さんです